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中村幸介

Vol.2 / 230430_自己紹介から始まる建築プレゼン

こんにちは。

1カ月ほど前、大学院の卒業式を控えながらとあるデザイン賞で講演する機会を頂きました。講演とはいっても、実際は賞を頂くためのプレゼン合戦でしたが、様々なジャンルの参加者の中で建築設計はマイノリティだった事もあり、何を伝えるべきかを考えていました。

いつものように提案を進めるならば、施主の生活やブランドの歴史をどう解釈したかであったり、敷地や周辺環境をどう読み取ったかというように、空間がどんな関係性の中でデザインとして昇華されるのかという説明から入ります。今回は《座間味の散歩道》をプレゼンすることが決まっており、海洋ごみの問題やクジラの生態の説明をビジュアルと併せて説明するのみで終えるつもりでした。

けれども当日、僕はあえて自己紹介から始めることにしました。

座間味の散歩道》は環境問題や生態系という現実的な文脈に位置付けられながらも、建築的に明快な構成と「散歩道」という曖昧なプログラムによって掴みどころがあまり無い建築です。それを淡々と説明するのでは無く、この建築が僕のどのような文脈に位置付けられているのか、という事も伝えようと考えたのです。

例えば、海洋ごみを集めて処理する建築は水族館でも提案できたでしょう。ではなぜ僕は単なる「散歩道」として設計をしたのか。そしてあの波のような軽やかなデザインはどのような過程で生まれているのか。その理由を知る事で、この建築を見る目が変わるのではないかと思うのです。そこには提案する事の可能性が開かれていると感じます。

僕はよく散歩をします。散歩というのは目的がないので、思いがけない出会いをすることが多いです。野良猫やレストランというような元から好きな出会いだけでなく、不気味な路地や気持ち悪いフォントというように、フィルターが無い出会いがあるのも散歩の面白さでしょう。お花見や水族館デート中に、ゴミが気になって仕方がないという事はおそらくないと思います。

この建築に価値があるところは、クジラや海洋生物に出会えない事があるというところです。もしジンベエザメやマンタを絶対見たいのであれば、沖縄本島の美ら海水族館にいけば大水槽で泳ぐ姿が見れるでしょう。ケラマブルーの海を堪能すべく座間味を訪れる人や地元の人が求める空間とは、水族館のように囲われた海ではなく、できる限り人間と生物の対等な関係が築かれる海なのではないかと考えたことが、結果として散歩道を設計することに繋がった背景にあります。

生活する人、訪れる観光客、住処とする生き物ができるだけ対等である空間。それに絶対なる正解がないからこそ、持続的な思考や設計が求められているのではないでしょうか。目的地がない散歩と同じく、その設計は豊かで、面白い出会いに溢れているのだと思います。

今月も皆さまお疲れ様でした。来月もどうぞ宜しくお願いいたします。

2023.4.30
中村幸介

© Kosuke Nakamura 2025.